志賀先生の数学教育 ー その1

志賀先生の数学教育 ー その1

 平成13年に設置認可された6年制の中等教育学校用教科書・参考書として、東工大名誉教授の志賀浩二先生の「中高一貫数学コース1年~5年」「中高一貫数学コース1年~5年を楽しむ」 (全10巻+1) が岩波書店から出版されました。平成13年度から平成16年度までの丸3年+αの間、桐蔭学園中等教育学校で志賀先生と私は実際にこの教科書を使って授業指導をしました。その内容が10年早かったのかどうかは別にして、この教科書は日本数学会から教育書部門で出版賞をいただきました。その後各教科書会社から、一斉に中高一貫校向けの1年生~5年生対応の教科書が出版され、今ではこの形が主流となっています。 

 志賀先生の数学教育に対する考え方が凝縮された教科書・参考書で、論理のつながりを重視して順序立てられ、今何を学んでいるかが学習する側自らが俯瞰できることを重視した、ピラミッド型の数学教育の在り方に一石を投じることが狙いでした。特に、中高生の知的好奇心を喚起することで、当たり前と思っていることに対する疑問を引き出して考えさせることを重視した教科書であると同時に、指導する教師側への心構え・要望などが一杯詰まった教科書となっていました。
 この教科書で指導していた当時、よくいわれたことは「そんな難しいことを生徒がわかるわけがない」ちう批判、「受験力という観点からの否定的な意見」が多く寄せられました。しかし、この教科書で問うているのは、問題を解くための力以上に、考える力をどう育てていくのかということでした。すなわち、教える教師側と教わる生徒側に区別して生徒の考え方をコントロールしようという教える側のある種独善的な教育観を払しょくし、一定の厳密性を犠牲にしてでも生徒の側に、本質的な事柄に目を向けさせて自律的な学習を確立させたいという点を大切にしたのです(私の表現力のなさで、一方的な極論と捉えられたらご容赦ください)。
 私は、実際に指導する中で数学で学ぶことの本質的なダイナミズムを内包した教科書でもあると思っています。
 例として、
微分・積分の分野の学習指導を通して、この教科書の意図を考えてみます。現行の高校2年の教科書での微分・積分分野の扱いは、微分と積分の本来的な理解は後回し(高校3年)にされ、後で必要になるからとりあえずこれを覚えなさい的に、微分を使わずにイメージできる整関数、それも4次関数レベルまでの内容でまとめられます。この形で扱われていることと「中高一貫数学コース 3年」および「楽しむ」の記述を比べれば言いたいことがわかっていただけると思います。どうして微積を使わずともイメージできることをなぜわざわざ切り貼り的に学ばせるのでしょうか。中学で学ぶ2次関数の各係数の働きを勉強する部分をもう一歩踏み出すだけで、志賀先生の教科書の内容になると思いますが如何でしょうか。現行の指導は、高校3年生の数学Ⅲの微分・積分(初等超越関数ー三角関数・指数関数・対数関数)の学習に集約するための「待て!」という指導です。その結果、式の意味やグラフの特性などを考える一番大切なことが、増減表をかくことだけにまとめらてしまっています。整関数であれば、増減表がなくてもグラフの追跡ができてしまう(1次・2次関数)のにです。このように、将来のために今を犠牲にする学習ではやってみよう、面白いなというダイナミズムを感じることはできません。同時に、考えるための想像力も深まらないと思うのですが如何でしょうか。
 また、2次関数では平方完成することで軸に関する対称性が理解され、3次関数ではある点に関する対称性やグラフの振れ幅の変動を1次の項の係数と符号の働きを通して理解できると、カルダノの定理とも関連させることができます。もちろんガロアの対称群の世界にもつながります。(これについては、現代数学者から出版された矢加部巌先生の著書がわかりやすいです)
 学習するの意味を掘り下げて知的好奇心を喚起することを通して指導しようと考えたのが志賀先生の教科書の立場なのです。現行の教科書は、微分、積分の理論の説明のないところで無理やり微分積分を教えるのに対して、志賀先生は、無限大・無限小を考えさせるために微分積分を教えます。本質的なことを勉強する機会をどう与えるのか、いつ与えるかに重点を置いた教科書でした。残念ながら、教える場では何を教えるかより難しくないか受験でどうかが優先され、3年間でこの試みは中止になりました。今、新しい学習指導要領のもとで「身近なものを考える」という代名詞のもとで数学と統計学・情報学が文系的な観点で混在させられつつあります。私の中学・高校・大学時代「日本はマネをすることは上手く改良技術は秀でているが、なぜそうなるかなどの基礎的な理論から考えることが苦手である」と諸外国から揶揄されていたことを思い出します。今、失われた50年という真逆の地点に立っているように思うのは私だけでしょうか。
 ところで、志賀先生の教科書には問題に対する「答」がまったく記述されていません。それは答を記述することにより、学習者が与えられた答に合わせようとしたり、答の正誤で考え方を評価したりすることをやめさせたいと考えたからです。こういう発想こそ、私たちが何かを学ぶ上で大切なことだと思いますが、如何でしょうか。
 あれから20数年が経ち、今アクティブラーニングという学習法が注目されています。この発想法こそ、すでに志賀先生の教科書に組み込まれていたものでした。 また、生徒に関数電卓を持たせて、授業中に計算させていたのも志賀先生が最初かもしれません。この観点に立てば、共通テストの統計処理分野で関数電卓を大量に発注して実施するのも真近かだと予想するのですが、発想は真逆であることをお断りしておきます。

 

 適塾よこはまでは、初期の頃に発想の多様性や数学的な思考方法の有用性を教えたい、そして何よりも数学の楽しさを感じてもらおうと考えて、受験とは切り離した形で志賀先生の教科書を使った中学生対象のセミナーを開催しておりました。その内容は以下の通りでした。

[セミナー募集要項]

① 募集対象者と人数

中学1年生~中学3年生 (校種・学年は問いません) 限定 5名以内

② 参加について

受験に向けた合理的・即戦的な数学力を養成するのではありません。知的好奇心を喚起する中で、じわじわと思考力のキャパシティーを広げる急がば回れ的なセミナーです。

③ 実施形態  毎月第1、第3日曜日  9:30 ~ 11:30

連休等の場合は別途指定します。テキスト等はこちらで用意いたします。ただし、購入希望があれば受付ます。指導は主として塾長が行いますが、志賀先生も適宜直接指導をいたします。

④ 参加料  月額 8,000円

⑤ 教材費  年間 5,000円

主として教科書の版権使用料、その他教材費に充当します。

⑥ ある日のセミナーの話題

 ・四則演算の仕方を約束することの意味は

 ・分配法則・交換法則・結合法則の働きを考える。

 

中高一貫数学コース(全11巻) の構成

A「新しい数学教科書の構想」

image190これからの数学教育についての著者の考え方を中心にして、この教科書の使い方や学び方を教える先生方と教わる生徒の皆さんへのメッセージをこめてまとめたものです。このシリーズの概説書にあたります。

B「中高一貫数学コース」(全5巻)

「数学1」~「数学5」までの全5巻で構成され、中等教育学校の6年間の数学教育のうち1年生から5年生までの教科書として執筆されました。中等6年生用の教科書がないのは、6年時にはこれまで勉強してきた数学を全体的にまとめることと、受験勉強に備えるという考え方に立っているためです。

・数学1

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Aコース
数や式、方程式の導入
Bコース
三角形の角度、ピタゴラスの定理、座標

 

・数学2

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Aコース
方程式・連立方程式・数列や級数
Bコース
関数とグラフ、グラフと方程式、三角比と三角関数

 

・数学3

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Aコース
指数関数や対数、極限の考え方、微分法の初歩
Bコース
定積分の初歩

 

・数学4

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Aコース
不定積分、微分積分の基本公式、合成関数、逆関数、高階導関数
Bコース
複素数、行列、ベクトル、空間図形

 

・数学5

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Aコース
平均値の定理、微分方程式、力学と微分方程式
Bコース
集合・順列・組合せ、確率、極座標

C「中高一貫数学コースを楽しむ」(全5巻)

教科書「数学1」~「数学5」に対応し、「数学1を楽しむ」~「数学5を楽しむ」までの全5巻で構成されています。教員にとっての指導書であり、教科書を使って学習する皆さんにとっては、教科書の内容を深める知的好奇心を満足させるものです。

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過去の記事

 

 

 

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